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ザボン物語|名前の由来、伝来、祭りの文化をたどる

ザボンの歴史と伝来をたどるザボン物語のタイトル画像

ザボン(ポメロ、Citrus maxima)は、アッサム地方からインドシナ半島にかけてを自生域とする大型の柑橘です。ベトナムでは Bưởi と呼ばれ、日常の果物であると同時に、中秋節やテトの供え物にも使われます。

その歴史には、古典に残る「柚」の記録、カリブ海で生まれたグレープフルーツ、日本の文旦文化などが重なっています。ただし、古い果物史には後世の伝承も多いため、記録で確認できることと、土地に伝わる物語を分けてたどります。

ザボンの名前には、英語の古称 shaddock と、日本の「文旦」「ボンタン」にまつわる複数の伝承があります。どれか一つを確定した語源とせず、史料で確認できる歴史と地域の言い伝えを分けて紹介します。

古い植物名と現在のザボンは、同一と断定せず慎重に読み解きます。
古い植物名と現在のザボンは、同一と断定せず慎重に読み解きます。
目次

古代中国の「柚」は現在のザボンだったのか

中国古典の『尚書』「禹貢」には、揚州からの貢ぎ物として「橘柚」が記されています。「禹貢」は古代の地理・貢納を記した文献ですが、その成立年代については学説があります。

ここに登場する「柚」を、現在のザボンと同一種だと断定することはできません。古い植物名は、現代の分類と一対一で対応しないことがあるためです。確実にいえるのは、ザボンに似た大型柑橘を含む「柚」と呼ばれる果物が、少なくとも2000年以上前の中国文献に記録されていることです。

古い果物名が文献に登場することと、現代の植物種を確認できることは区別する必要があります。

ザボンは、栽培柑橘の成立に関わった主要系統の一つです。
ザボンは、栽培柑橘の成立に関わった主要系統の一つです。

「シャドック」という名を残した航海伝承

英語には、ザボンを指す古い呼び名として shaddock があります。広く知られる説では、17世紀末にCaptain Shaddockと呼ばれる船乗りが、東南アジアから西インド諸島へザボンの種を運んだことに由来します。

船長の氏名、年代、出発地を裏づける同時代史料ははっきりしません。「1696年、マレー半島からバルバドスへ」という具体的な航路は伝承として扱います。

ザボンがアジアからカリブ海へ渡り、現地でshaddockと呼ばれたことは、グレープフルーツの歴史を考える上で重要です。しかし、一人の船長の航海日誌まで確認されているわけではないのです。

シャドック船長の逸話には、史料で確定できない部分があります。
シャドック船長の逸話には、史料で確定できない部分があります。

カリブ海で生まれたグレープフルーツ

ゲノム研究により、グレープフルーツはザボンとスイートオレンジの交雑に由来することが確認されています。成立地は西インド諸島と考えられ、1750年にはグリフィス・ヒューズがバルバドスの果物を forbidden fruit と記述しました。

ここで注意したいのは、ヒューズがグレープフルーツを「発見した」とまではいえないことです。彼は、その果物について残る初期の記述者の一人です。また、1814年にジャマイカのジョン・ルナンが grapefruit という名を記しましたが、名の由来については「ブドウのような房」と「ブドウに似た味」の両説が文献にあります。

自然交雑に由来すると考えられますが、交雑した場所や最初の一本の木まで特定できる史料はありません。

グレープフルーツは、ザボンとスイートオレンジの交雑に由来します。
グレープフルーツは、ザボンとスイートオレンジの交雑に由来します。

日本に残る謝文旦の伝承

鹿児島県阿久根市には、江戸時代に難破した中国商船が倉津港へ漂着し、船長の謝文旦が地元の人々への礼として果実を贈ったという伝承があります。

阿久根市は、船長の名が「ボンタン」の由来になったと紹介しています。一方、ザボンや文旦のすべての語源を説明する確定史料ではなく、地域の伝承として読む必要があります。

謝文旦の物語は、阿久根市に伝わる「いわれ」として紹介されています。
謝文旦の物語は、阿久根市に伝わる「いわれ」として紹介されています。

土佐文旦へ

高知県の公式資料では、土佐文旦の系統は、鹿児島で「法元文旦」と呼ばれていた品種を高知県農事試験場の渡辺恒男が導入したものとされています。

導入年は資料によって1927年と1929年に分かれます。高知県農業技術センター果樹試験場は1927年、JA高知県は原木が1929年に植樹されたと説明しています。

1941年には土佐市甲原地区で小夏の木への高接ぎが行われ、栽培の基礎がつくられました。これは、ザボン類が土地ごとの栽培技術と結びつき、地域の特産品になった例です。

土佐文旦の導入年は、公的資料の間で1927年と1929年に分かれます。
土佐文旦の導入年は、公的資料の間で1927年と1929年に分かれます。
ザボンは、ベトナムや中国の月の祭りにも登場します。
ザボンは、ベトナムや中国の月の祭りにも登場します。

ベトナム中秋節の「犬」は何でできている?

ベトナム北部、とくにハノイの中秋節の飾りとして知られるのが chó bưởi、直訳すれば「ザボンの犬」です。果肉を包む薄い膜をむき、粒のまとまりを楊枝などで胴体に留め、ふわふわした犬の姿を作ります。

特徴的な毛並みは外皮や白いワタではなく、薄皮を外した果肉で作ります。

中秋の果物飾りとして知られる風習ですが、クオイ爺さんの物語に登場する忠犬との関係を、その起源として裏づける資料は確認できていません。

chó bưởi は、薄皮をむいた果肉を留めて犬の姿に仕上げます。
chó bưởi は、薄皮をむいた果肉を留めて犬の姿に仕上げます。

テトの五果盛り

ベトナム北部のテトでは、祖先に供える mâm ngũ quả(五果盛り)に、緑のバナナ、ザボン、ミカン、柿などを使う例があります。一般的な盛り方では、バナナの房を土台にし、その中央付近にザボンや仏手柑を置きます。

ハノイ市の公的サイトは、ザボンや仏手柑を福や幸運への願いと結びつけて紹介しています。果物の組み合わせや意味は地域・家庭で異なり、五行と一対一の固定表にはできません。

五果盛りの果物や意味づけは、地域や家庭によって異なります。
五果盛りの果物や意味づけは、地域や家庭によって異なります。

中国南部の中秋節と語呂合わせ

中国南部では、中秋節の時期にザボンを食べたり供えたりする習慣があります。丸い形は団らんを連想させ、広東語では「柚」と「佑」の音が近いことから、守りや祝福への願いと結びつけられます。地域によっては「有」「游子」などとの語呂合わせも語られます。

これらは学名の語源ではなく、祭りの中で育った民俗的な言葉遊びです。地域差があることを前提に紹介します。

ザボンに結びつく音や象徴の説明には、地域差があります。
ザボンに結びつく音や象徴の説明には、地域差があります。

まとめ

ザボンの歴史は、一本の直線ではありません。

  • 古代中国の文献には「橘柚」が記録されているが、現在のザボンと完全に同一とは断定できない
  • shaddock の名には船乗りの伝承があるが、人物・年代・航路には不確実な点がある
  • グレープフルーツはザボンとスイートオレンジの交雑に由来する
  • 日本では阿久根の謝文旦伝承や、高知の栽培史と結びついた
  • ベトナムでは中秋節の果物飾り、テトの五果盛りに使われる
  • 中国南部では、中秋節の団らんや音の連想と結びつけられる

確定した科学史と、人々が受け継いだ伝承。その両方を区別して読むことで、ザボンの歩みがより立体的に見えてきます。

記録で確認できる歴史と、地域に残る伝承を分けてたどりました。
記録で確認できる歴史と、地域に残る伝承を分けてたどりました。
ザボンは、交易と栽培を通じて各地の食文化に根づきました。
ザボンは、交易と栽培を通じて各地の食文化に根づきました。

ザボンの由来についてよくある質問

ザボンの名前はどこから来たのですか?

日本では、中国船の船長・謝文旦の名に由来するという阿久根の伝承があります。ただし、ザボンや文旦という呼び名のすべてを、この逸話だけで説明できる確定史料はありません。

シャドックとは何ですか?

shaddock はザボンを指す英語の古い呼び名です。Captain Shaddockという船乗りが西インド諸島へ種を運んだという説がありますが、人物、年代、航路には不明な点が残ります。

ザボンからグレープフルーツが生まれたのですか?

ゲノム研究では、グレープフルーツはザボンとスイートオレンジの交雑に由来します。カリブ海で成立したと考えられますが、最初の一本が生まれた場所までは特定されていません。

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参考資料

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この記事を書いた人

ベトナム・ハノイ在住。現地の市場やスーパーで実際に果物を購入し、味・旬・選び方・食べ方を紹介しています。日本ではあまり知られていない南国フルーツの魅力を、現地での体験をもとに分かりやすくお伝えします。

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